▲ 上記画像をクリックするとPDFファイルが表示されます。


今年も敬老の日が来ました。府中市も歌手を招いて敬老の日を祝って下さいます。参加されるか尋ねると「御饅頭を貰えないので行かない」とか、「転んだりすると怖いので」とイマイチな反応。デイももたろうは41名の在籍者中、90歳以上が13名です。食後のお弁当箱を大正生まれの93歳の方々が並んで綺麗に洗って下さいます。皆様のお手本です。

たくさん働き、たくさん遊び

 私は83歳。生まれは群馬県沼田市。沼田駅は尾瀬国立公園への玄関口として知られている。父は国鉄マン、母は同居していた祖父母の手伝いで八百屋の店番を主にしていた。みんな優しく、怒られた記憶はない。私が5人兄弟の一番上で、弟3人、妹1人。一番下の妹は私が高校1年生の時に産まれた。小学校低学年の頃に終戦を迎え、空襲も無かった。私は、中学・高校とソフトボール部に入っていた。町から離れた中学校へは、長い上り坂を下駄で1時間近くかけて歩いた。その甲斐もあってか県大会で準優勝し、高校は私達のためにソフトボール部を新しく作ってくれた。
 母は、和栽・編み物・料理と何でも出来る人で、自慢の母だった。祖母からも「女の子は和栽が出来ないと困るよ」と言われ、高校卒業後に和栽を習った。結婚は私が25歳、主人が31歳の時。祖母同士仲が良かったのが縁だが、母はこの結婚に反対した。「女学校を卒業した人は近所で3人しかいないし、年もまだ若いのに子供がいる人と結婚しなくても」と。主人には、5歳と2歳の連れ子がいた。少し前にこの二人の男児は、母親を亡くしていたのだ。かまちに後頭部を強く打ち、その場で亡くなったそう。祖母は「二人も子供がいてかわいそうだ。お母さんになってあげて」と言った。祖母に頼まれ東京で顔合わせをした際、2歳の子が「おばちゃん…、おばちゃん…」と言って、私から離れようとしなかった。この子達のこれからを思うと、かわいそうで――。2月に葬式、その年の10月には結婚式を挙げ、結婚後すぐに上京した。当時主人は多少英語が話せたので、米軍が駐留している基地で通訳や車の運転などをしていた。主人は気が短く、私は呑気。丁度バランスの取れた夫婦だった。私の子供がいっぱいいたら、上の子達がかわいそうだから、1人だけ男の子を産み、3人を平等に育てた。お陰さまで3人とも良い子に育った。
 主人は夜勤明けで家に帰ってくると、2軒隣の鶏肉屋に立ち寄り、鶏を捌くのを眺めるのが好きだった。その鶏肉屋の社長は賭け事が好きで、売上をそのまま浪費してしまうような人だったそう。ある日突然「やってみないか」と主人に声が掛かった。店を譲り受け、主人が55歳位の時に鶏肉屋が我が家の家業となった。元から働いていた腕のいい職人さん数名と、私の弟も仕事を辞めて手伝ってくれ、がむしゃらに働いた。主人は仕事も良くするが、趣味も謳歌する人で、猟友会に属し頻繁に山梨や長野に出掛けていた。山梨の石和にマンションを買い、そこを拠点に鹿や猪も狩っていたほどの腕前だ。元から器用で何でもできる人だったが、鶏肉の処理もじきに慣れた。現在は鶏肉の卸問屋として、一番下の息子とお嫁さん、孫が中心になって仕事をしている。従業員は15名になる。2年半前から“ももたろう” に行くようになるまで、毎朝従業員のお兄ちゃん達に、大きな鍋で味噌汁を作っていた。今でもデイに行かない日は作っている。デイは息子とお嫁さんだけで見学に行き、“ももたろう” を勧められたのが切掛け。最初は「えー」と思ったが、今では生き甲斐になっている。押絵を教えて下さる先生から「とても綺麗に出来ましたね」と言われると大変嬉しい。出来上がった作品は家に飾る前から「これ貰って行く」と、友人にヒマワリの押絵を持って行かれたこともある。それはそれで嬉しい。息子は「デイを休んではいけないよ。今までよく働いたから、好きな押絵や唄を歌って楽しみなよ」と言ってくれる。
 主人は20年前に脳梗塞で倒れた。幸い後遺症は残らなかったが、趣味の狩猟はそれ以来行かなくなった。代わりに山歩きや、甥が住むオレゴン州へ1人で1ヶ月間遊びに行き、大自然の中で川釣りを楽しむようになった。そんな主人も3度目の脳梗塞を患い、今年の4月、88歳で息を引き取った。病床で「2人の子供を大きくしてくれて、ありがとう」と言ってくれた。主人の“ありがとう” の言葉が胸に染みた。最期の瞬間はあいにく席を外していたが、急いで手を重ねるとまだ温かく、握り返してくれたように感じた。好きな事を何でもし、充実した人生だったろう。お蔭様で私にとっても幸せな人生だ。今は一人暮らしになったが、近くに住む三男は毎日テレビ電話で気遣ってくれる。上の2人の息子も府中と立川に住んでいて、病院に通院する時は看護師をしている孫が付き添ってくれる。いつも“ありがとう”の気持ちを忘れないよう、日々感謝しながら生活している。
 “ももたろう” に入れてもらえて、本当にありがたいと思っている。棺に横たわる主人に、押絵と習字の作品をそっと添えてお別れした。

0